ルーの怪談【意味怖】

不思議な少女ルーがいざなう怪談の世界。

『未来予知』

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意味が分かると怖い話しよっか。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
 
「私さー、未来予知できるんだ」

クラスメイトで友達の色葉にいきなり言われ、陽菜は面食らった。

「何変なこと……」

「ホントだよ。次の授業、国語のテスト返しだよね。陽菜の点数は72点だよ」

そう言って色葉は自分の席に戻った。国語担当の山谷先生は先月、肺炎を移されて亡くなっていた。教頭先生に無理やり飲みに連れて行かれた1週間後だった。

なので、代わりに陽菜達の担任の先生が国語の答案を返した。陽菜が自分の答案を見ると、色葉の言ったとおり72点。

「ね?ホントだったでしょ」

休み時間、陽菜の机に肘をついた色葉がしたり顔で言う。

「いや、たまたまでしょ。てか急に何言い出すの」

「信じてないなら、そうだな……陽菜、傘持ってる?」

「傘?今日は持ってない」

「あはは、災難だね。帰り大雨だよ」

放課後、またしても色葉の言った通り、バケツをひっくり返したような土砂振りになった。

昇降口で陽菜は途方に暮れた。信じられない。今日は朝から春らしい快晴で、雲一つなかったのに。

「信じる気になった?」

陽菜の隣でピンクのカサを開き、色葉が話しかける。それに対し陽菜は、

「……今朝教えろや……」

と、ガックリ気落ちした声を出した。

「あっはは!陽菜ってば、ビックリしたーとかないの!?」

雨が降ると黙っていた事を糾弾する目を陽菜に向けられ、色葉は大笑いする。

「詰んだ…家帰れねぇ…」

「ウケる。もっと大ゲサな反応期待してたんだけど。まー陽菜リアリストだしなぁ」

「……実はあたし色葉のこと好きなんだ……相合傘、してくれる…?」

「キモいわ笑。折りたたみ貸したげるって」

「神……」

ふざけあった後、陽菜は色葉に借りたオレンジ色の折りたたみ傘を広げた。

陽菜は内心そこそこビックリしていた。当たり前だ。高1の時から2年間友達をやっているが、色葉が未来予知できるなんて話は1度も聞いたことがなかった。

「何で今まで秘密にしてたの?」

気になったので、陽菜は率直に訊ねた。色葉はその問いに、前方を向いたままそっけなく答えた。

「別に、言う機会がなかっただけ。今日言ったのだって、何となくそーいう気分だったからだし」

軽い言葉とは裏腹に、色葉の口調はどこか悟ったように沈んでいる。

陽菜はそんな友人に気を回したかったが、何と言えばいいか分からなかった。

そうしているうちに、色葉が言葉を次ぐ。

「日本ってさ、地震大国じゃん」

「この流れで意外な切り口だね、そうだね」

「陽菜はこんな話聞いたことない?

国内で起きる地震は、実は何ヶ月も前に予測されてて、パニックを防ぐために秘密にされてる、って。

悪い未来はさ、分かってても言わない方がいい時があるんだよ。どうにもできない場合は特にね」

「……色葉も、分かってて言わなかったってこと?」

「はは、そんな感じ。予知できるって知られたら、その内容も訊かれるだろうからね。

子供の頃からそんなだから、自分だけ秘密を抱えるのにもとっくに慣れたけど」

そう言って、痛みを誤魔化すように笑う。色葉のそんな顔を、陽菜は見たことがなかった。

「……私でよければ、話くらいいつでも聞くから」

「マジメか!あはは、でもありがと。ちょっと気が重い時は陽菜に話していい?」

「うん。つか今日話そーよ。家おいで」

「やったー!陽菜んち、ネコちゃんいたよね?久しぶりに触りたーい」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

……意味は分かった?

色葉は、「事前に分かっていれば防げる悪い未来」についても、わざと黙ってる。

山谷先生が教頭先生の誘いでお酒を飲みに行ったら、肺炎を移されて死ぬってことも、

色葉には分かっていたはずだからね。

でも、色葉はあえて何もせず、悪い未来を誰にも知らせていない。

どうやら彼女は自分の不思議な能力を、歪んだ形で楽しんでるみたい。

秘密を抱えることが辛すぎたなら、陽菜みたいな友達に早く相談すればよかったのにね。

『ずっと雨が降っている。』

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怖い話しよっか。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
 
ずっと雨が降っている。

ずっと昔、わたしは小さな屋根裏に押し込まれて、

そのままここで暮らしてる。

屋根に一番近いここは、雨の音がよく聴こえる。

パタパタ……

バタバタバタバタ……

最初は大きな音がこわくて、でも次第に慣れていった。今度はうるさいと思うようになって、それにもやがて慣れていった。

それくらい、長いあいだここに居た。

雨はきらい。

雨の音は、わたしがここでひとりぼっちな現実を突きつけてくる。

「わたしはどうして、ここに居るんだろう」

自由になりたい。外に出たい。明るい太陽の光を見たいの。

雨が多いこの辺じゃ無理かもしれないから、遠くの、天気のいい場所を探しに行く。

「行ける………かな」

やっぱり、怖い。

長いあいだここにいたの。ずっとずっといたの。

だから、外に出るのが怖い。何があるのか分からないから。

パタパタパタパタ………

今日も、雨が降っている。けれど、雨はここには入ってこない。

この屋根裏は……打ちつける雨の硬い音からして、外から鉄か何かで覆われてるのかな?

とにかく頑丈で、たまに外が嵐の時もビクともせず、揺れることもない。

『ユリア、絶対にここから出るなよ』

遠い記憶を思い出す。あの人は、あれから一度もここへはやってこない。たくさんの、全く味のしない合成食品と水だけをおいて、わたしをここに閉じ込めたんだ。

ここは、この屋根裏は、閉じられたわたしだけの世界。

ここはわたしを閉じ込める。

同時に、ここがわたしを守ってもいるんだ。

◇◇◇◇◇

「………やっぱり、行く」

決意と覚悟。どんなに怖くても、わたしは外に出たい。

太陽の光を見てみたい。 

バタバタバタ、バタバタバタバタ…………

決心をにぶらせる、責め立てるような強い雨の音。

手が震えて、背中が冷たくなる。「やっぱりここにいなよ」って、「ここの方が安全だよ」って、心に語りかけてくる。

「行くんだ!」

行かなくちゃ、何も変わらない!

わたしは、このままでいたくないんだ!

屋根裏のフタを思いきり開く。わたしは、下の部屋に降り立った。


「………え?」

大きな窓から明るいものが差し込み、わたしの顔を照らす。

「太陽の、ひかり……?」

外は晴れだった。青い空が澄みわたって、すごくきれいだ。

だけど。

バタバタバタバタ!バタバタバタバタ!バタバタバタバタ!バタバタバタバタ!バタバタバタバタ!

家の壁を両手で叩く、たくさんの腐った人間たち。

すごい数。おそろしい顔で牙をむき、こっちを見てる。

他の家にもたくさん群がって、屋根にのぼって叩いてるのもいる。

「ああ、雨の音じゃ、なかった………」

わたしはあの人に………お父さんに守られていたんだ。

街を覆うゾンビの群れからわたしを守るために、安全な屋根裏に閉じ込めた。

そのあと、お父さんたちは……どうなったの?

「お父さん、お母、さん……」

ゾンビたちの足元には、からだを八つ裂きにされた人たちがたくさん転がってる。

血まみれで顔はよく見えなかったけどわたしは、たぶん……たぶん、

あの中にお父さんとお母さんがいるってわかって…………

わかったから、それ以上探すのをやめた。

「ああ……」

この世界は、いつからこうなっていたのかな。お父さんがわたしを屋根裏に入れたときくらいか…………そんな……ずっと前から……………………………………………

恐怖と、失意と、絶望。

どうすればいいか分からない。

「………そういえば、お父さんはどうして」

どうして、屋根裏のフタを外から封じなかったのか。

ゾンビがこの部屋にやって来ないということは、玄関にはしっかり鍵がかかってるはず。でも屋根裏のフタは、内側からいつでも開けられるようになっていた。

まるでわたしが、自分の意志で外に出たいと思うなら、

それを阻むことはしないと言うように。

「……このままでいたくない」

わたしは歩き出す。怖くてたまらないこの世界へ向かって、一歩、また一歩と歩いていく。

わたしは自由になりたい。危険な世界でも、自分の足で歩いていきたい。

地面に転がる肉の塊たち。わたしもすぐにこうなるだろう。幼い子供に、こんな世界で一人で生き抜くすべはない。

それでも、死ぬまでのほんの一瞬だけでも、わたしは自分らしく生きたいから。


地面には血なまぐさい塊ばかりが転がっているけど、


頭上には明るい青が、どこまでもどこまでも広がっていた。

『終わらない呪いの歌』

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意味が分かると怖い話しよっか。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「あれ、聞こえない」

3ヶ月しか使ってないイヤホンが、壊れて片方聞こえなくなってしまった。

「まあコレ安物だしな…」

諦めて片方だけ耳にかけて使う。バイトの給料入ったら買い換えよう。

自分の部屋で音楽を聞いていた俺の元に、電話がかかってきた。

「はい」

『あ、悠斗?』

「おう秀幸。何?」

『……お前、音楽聴くの好きだよな』

「おう!唯一の趣味だからな」

『スッゲェおすすめの曲があるんだけど、聴く?』

「ほんと?聴く聴く。教えて!」

『サイトのURL送るから、そっからダウンロードして聴いて』

「サンキュー」

大学の友人の秀幸に言われて、俺はそのサイトを開いた。

「曲のタイトル……『エンドレス・カース』?聞いたことないな…」

曲をダウンロードする。どんなのだろ、楽しみ。

「…よしっ。早速」

俺はスマホに繋いだイヤホンを耳にかけた。

『〜♪〜〜♪』

女性の声だ。俺の知らない歌手かな……。

「……。綺麗な声だけど……」

何か、暗い歌だ。

「そういうスタイルなのかな……ん?」

『ーーーー』

一瞬、歌詞が聞き取れない部分があった。

「なんて言ったんだ?」

気になったので、何秒か戻って、再度その部分を聴いてみる。

『き え ら わ さ う ら』

変に間隔のあいた調子で、そう聞こえた。

「ーーどういう意味だ?」

俺は分からなかったが、何となく知ってはいけない気がした。

◇◇◇◇◇

「えっ!?秀幸が車にはねられた!?」

翌日、俺のクラスはざわついていた。

「うん。昨日の学校帰りに。

すぐに救急車で運ばれたそうだけど、間に合わなかったって……」

「そんな!」

昨日俺と話した、あのすぐ後に。あまりに突然の事に、俺は途方に暮れた。

「……なあ、そういや秀幸、変な事言ってたんだけど」

「え?」

クラスメートの一人が言った。

「何か、呪われた曲を聴いちまった、とか……」

「!あたしそれ知ってる!

終わらない呪いの歌でしょ?」

ーー終わらない呪いの歌?

何だそれ…‥?俺は気になって話に入った。

「なんかね、ミュージシャンになりたかった女の人が、才能を認められる前に事故で亡くなっちゃって、

その無念が込められた曲らしいの。

事故の直後にサイトにアップされたって。その曲のとあるフレーズを聞いてしまうと、

呪われて、女の人と同じように死んでしまうの」

「事故の後にどうやって曲をアップしたんだよ?」

「だから、呪いよ。女の人の怨念が、呪われた曲を作ったの」

正直、眉唾だと思った。曲なんかで人がそんな風になるものか。しかし。

「えっ!ヤダ!私その曲聴いちゃった!」

クラスの別の女子が、悲鳴のような声を上げた。

「美希、ホントなの?」

「『エンドレス・カース』でしょ?友達に勧められて……どうしよう!!」

え?エンドレス・カース?

それ……昨日、秀幸が俺に勧めてきたあの曲じゃねえか。

「落ち着けよ、ホントにそんなので人がどうにかなる訳ないだろ」

俺は慌てている女子をなだめようとした。

「大丈夫よ、美希。終わらない呪いの歌は、呪いを回避する方法が1つだけあるの」

「呪いを回避する…?お、教えて!」

「それはね……その曲のリンクを他の誰かに送って、曲を聴かせることよ」

!!……そうか、そうだったのか。

秀幸は呪いから逃れようとして、あの曲を俺に。

「え…チェーンメールみたいなこと?でも、そんな事したらその相手が…」

「大丈夫だぜ」

俺は言った。

「俺もあの曲を聴いたけど、生きてる。だから、もし心配なら俺にリンクを送れよ」

「!……い、いいの?」

美希は神様でも見るような表情になった。

「おう。俺が助けるよ」

「ありがとう!じゃあ、帰ったら送るから連絡先教えてくれる?」

「あ、うん」

俺は美希と連絡先を交換した。俺は、思わぬ所で女子の連絡先を聞けてラッキー、くらいにしか思わなかった。

「呪いなんて、バカバカしい……」

大学から帰って、いつも通り音楽を聴いていると、約束通り美希からリンクが送られてきた。

「はいはい」

俺は念のため、そのリンクから例の曲へ飛んでおいた。そしてもう一度、再生してみる。

『〜〜♪』

「……別に普通の曲じゃん。まあ確かにちょっと暗いけど」

……でも、だったら。

「秀幸は何で死んだんだ?俺に曲を聴かせたのに……」

いや。だから呪い自体あり得ないんだって。秀幸のことはきっとたまたまだ。

俺はそう思い直した。

◇◇◇◇◇

「何で……?」

翌日、大学。美希の友達の女子が泣き崩れている。昨夜、美希がダンプカーに轢かれて亡くなったそうだ。

「悠斗、アンタちゃんと曲を聴いてあげたの!?

アンタは聴いても大丈夫だったんでしょっ!?」

「き、聴いたよ」

確かに聴いた。なのに何で?……いや、だから呪いなんてねえって!

秀幸も美希も偶然だよ!!

俺は心の中で怒鳴った。なぜだか、不安がどんどん大きくなっていく。

教室にいるのが何となく気まずく、俺は来たばっかりだが大学を後にした。

家に帰る途中、いつも寄るCDショップの前で、俺は足を止めた。

「……あ、そういやバイト代入ったんだ」

俺はCDと一緒に売られていた新しいイヤホンを買って帰った。

気分転換に音楽を沢山聴こう。

家について、新しいイヤホンをスマホに差す。イヤーピースを耳に押し込む。

『〜〜♪』

「……あ」

この曲の画面のままだったのか。俺は画面を切り替えようとした。その時……


『き
ら』


………え?

「何だ今の……こんなフレーズこの曲にあったっけ?」

『き
ら』


……しかも何か、聴こえ方がおかしい。

一文字ずつ交互に、右耳と左耳から聴こえるみたいな。

「……そうだ。確か、左右のイヤホンで違う音を出せるんだ」

音を2種類、別々に録音して、左右のイヤホンから流す手法。

有名歌手の曲でも使われてる事があるから、これを読んでいるみんなもよく聴いてみるといい。

それはさておき、その効果か『きこえたらとわにさようなら』の部分は、不気味で印象的に聴こえた。

「………あ」

そうだったのか。

『聴こえたら永遠にさようなら』。

多分これがこの曲の、「聴くと呪われるフレーズ」だ。

なんで今更、このフレーズが聴こえたんだ。

「あ……イヤホン……」

片方、壊れて………

「ああああああああああああ!!!」

俺は発狂した。

「聞いちゃった!!!聞こえちゃった!!!どうしよう!!!!

おれも2人みたいにっ……」

錯乱し、家から飛び出した俺の視界を、

大型トラックの影が遮った。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

……意味は分かった?

『聴こえたら永遠にさようなら』の部分は、

左右のイヤホンから一文字ずつ交互に聴こえていた。

悠斗が最初に曲を聴いたときは、イヤホンが壊れてたから、このフレーズの一部しか聴こえてなかった。

悠斗に曲を聴かせたと思っていた秀幸と美希は、

実際には悠斗が曲の呪われたフレーズを聴いていなかったから死んだってこと。

助かったと思ったのに残念だったね。

死んだ女の人は、こんな歌を作ってまで、自分の無念だけを伝えたかったのかな。

本当にそれだけ……?


◇◇◇◇◇

〈Endless curse〉

両手すり抜ける世界 届かぬ声

振り絞った音楽の 居場所は何処

空しきあの歌は 目もくれぬ雑踏

私はさようなら 見も知らぬ残響

この手を掲げ 命紡いだとて

紡いだとて

歌に乗せるこの想い 私は永遠にさようなら

届かぬ声 けれどこの音が

聴こえたら永遠にさようなら

虚空駆けるその決意 私はとうに漕ぎ出した

聴こえぬ音 胸に抱きしめて

それでもただ歌を紡ぐわ

歌に乗せれば どんな想いも

きっと届くはずだから

きっと届くはず


ーfinー

『お面』

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意味が分かると怖い話しよっか。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「着物の女の子?」

中学生の紗和は、学校帰りに友達の良佳と話していた。

「うん。あそこのお寺にいつもいるんだって。ここら辺じゃ見かけない子。

でね、その子、いつもお面をつけてるらしいの」

「何か気味悪いね」

「……ちょっと見てみたいと思わない?」

「………。暇だもんね」

非常に些細な好奇心で、2人はお寺に向かった。

「あ、いた」

赤い着物を着た5歳くらいの少女が、本堂にちょんと腰掛けていた。

顔には確かに、黒と赤の奇妙なお面をつけている。

「よし。じゃ行こっか」

「え?何しに行くの」

「何って……紗和も見たいって言ったじゃん。お面の下の顔」

「そっち?」

「何か怪談みたいでドキドキする」

「ちょっと、やめときなよ……」

制止を意に介さず、良佳は女の子の前へ歩いて行った。

「ちょっと顔見せてね」

パッとお面を取って、良佳は悲鳴を上げた。

「良佳?どうし……」

「か、顔!顔がッ」

紗和は女の子の顔に目を向けた。しかし、顔を見ることは出来なかった。

顔が、なかったからだ。

「に、逃げよう!」

紗和と良佳は寺を走り出た。パニックになりかけていた。

「何なのアレ……化け物じゃん」

「だからお面してるんじゃない……?その、顔を隠すために……」

「あ……そっか」

「……興味本位で変なことするもんじゃないね」

息が止まりそうになりながら、そう話した。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

……意味は分かった?

女の子の顔はなかった訳じゃないんだよ。

じゃ、どこにあるのかって?

…………あはは。

良佳が引き剥がしたお面にくっついてるよ。

『怪我の報告』

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怖い話しよっか。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

考えたことはあるだろうか。

何気なくTVをつけると流れる朝のニュース。出演しているキャスターは、何時に家を出ている?

「行ってきます」

新人アナウンサーの明日美は、玄関を出る前に一応声をかけた。

返事はない。当たり前だ。シングルマザーなので、この家には自分の他に、小1になったばかりの娘の今日子しかいない。

そして、現在時刻は午前2:00。

「まぁ寝てるよね……」

『自分もまだ寝てたい』と頭の隅で思いながら、玄関の戸を閉め、自宅からタクシーで現場に向かう。

約40分後に放送局に到着し、そこから一時間かけて今日の放送の打ち合わせ、一時間かけてリハーサル。その後午前4:55から、朝イチのニュースの本番だ。

生放送でミスが許されない本番は、入社2年目になってもかなり緊張する。

放送を終えたら反省会があり、それが終わったらやっと帰宅できるかと思いきや、

ニュースとは別に午後からバラエティ番組の収録があるので、昼まで外で時間を潰してからまた夜まで仕事だ。

「無理があるでしょ……」

思わず呟く。シングルマザーなんて簡単に言うが、家事も仕事もオールラウンドでかつ(特に仕事は)人並み以上にこなさねばならない地獄の労働システムだ。

しかし仕事があるという事は食い扶持があるという事。

高学歴で外見も整っている明日美は、才色兼備の新人女子アナとしてニュース以外にもバラエティ番組の司会助手などコンスタントに仕事をもらえている。

これはやはり幸運な事だった。おかげで母一人子一人でも何とかやって行けている。

「頑張んないとね……せめて、今日子が大人になるまでは」

朝2:00に家を出た明日美が帰宅するのは夜9:00。正直、今日子の面倒はあまり見れていない。

食事はレトルトや冷凍のものを用意するか、外で食べるよう言っている。

家族一緒に過ごすことも、話すこともほぼない。

一応、何かあったら携帯に連絡するように言っているが、それも本当に緊急の時だけにと言ってある。

可哀想かもしれないが、仕方がない。明日美自身、文字通りできる限りのことをやっているのだから。

◇◇◇◇◇

「ママ、おかえり…‥」

ある日家に帰ると、今日子が玄関のところまでやって来ていた。理由は分かっている。

「ただいま。ごめんね今日子」

「……うん。帰って来なかったから、心配だった」

明日美は3日前から放送局に泊まり勤務をしている。今の勤務時間では、家に帰らない方がかえって忙しくないのだ。

ただその間、今日子のことは放ったらかしだった訳なので、幼い少女は当然淋しがり、玄関まで出てきたという訳だった。

「ママがいない間何もなかった?」

「……うん」

今日子は頭を撫でられながら俯き加減にそう言ったが、

明日美が見ると、腕に小さなアザができていた。

「これ、どうしたの?」

訊ねると、今日子は「ジャングルジムから落ちた」と言った。

明日美の家には、家庭用のジャングルジムが置いてある。

離婚する前、今日子の弟の夕和が使っていた物だ。男の子は身体を動かす遊びが好きだからと、前夫が買ったものだった。

夕和が前夫に引き取られこの家を出て以来、2階の奥の物置の、少し高い位置にしまっていたのだが、

今日子はそれを床の上に降ろさず(7歳の子どもの力では無理だ)登って、落ちたらしい。

普段はそんな事しない子なのに……。

ひょっとしたら、不在の母の気を引くためにわざと危険な事をしたのかも知れないと感じた。

「危ないから、あれに登ったらだめよ」

今日子は頷いた。明日美は純粋に我が子を心配して言ったつもりだったが、

その声には、「忙しいお母さんを困らせないで」という響きが確かにこもっていた。

◇◇◇◇◇

「10分後本番でーす」

リハーサルが終わり、本番に備えもう一度ニュース原稿に目を通す。

結局、明日美はあれから更に一週間も泊まり勤務をこなしていた。

「そろそろホントに身体を壊すわね……」

目元の濃い隈を隠すために、コンシーラーを取り出してサッと塗る。

化粧ポーチを鞄に戻すと、ふと携帯に通知が来ているのに気付く。

「……今日子?」

見ると、家の電話からだった。

今日子は今まで、明日美の携帯に連絡してきた事は一度もない。明日美が、本当に必要な時だけにと言っていたので。

しかし今、携帯に今日子からの連絡が入っている。

「何かあったの‥…?」

大きな怪我をしたのか、熱でも出したのかも知れない。

明日美は慌てて応答ボタンを押した。

『ママ…‥』

「今日子?何かあったの?」

『ジャングルジムから落ちた。頭を強く打ったの……』

「え」

明日美は少し拍子抜けした。なんだ、この前のアザのような軽いケガか。

「仕事中にわざわざ連絡してきて言う程のことじゃない」と、残酷な事を思った。

「ジャングルジムに乗ったらだめって言ったでしょ。

冷蔵庫に氷があるから、それで打ったところ冷やしなさい」

そう言った直後、明日美は「大原さん、スタンバイ入ってください」とスタッフから声をかけられた。

「はい!今行きます」

携帯を切った。今日子からすれば、冷たくあしらわれた様な形だった。


◇◇◇◇◇

「娘さんは、明日美さんのお仕事の様子とかご覧になってるんですか?」

「え?現場に連れて来たことなんてないわよ」

「あ、違くって。TVで見るんじゃないかなって。

明日美さんいっぱい番組出てますし」

ある日の昼。明日美は午前中の仕事の後、後輩アナの穂香と一緒に、放送局一階のカフェへ来ていた。

顔を合わせた時に話すくらいの仲だった穂香に珍しくランチに誘われ、明日美もちょうど午後までは暇だったので、一緒に来たのだった。

「あぁ…‥さあね。あまりTVを見ないから」

「そーですか……有名で自慢のママだって思わないんですかねぇ」

「………。あの子はそれより、一緒にいてほしいみたいだけどね」

明日美は携帯の着信履歴を見た。

相変わらず泊まり勤務を続ける明日美の携帯には、毎日、家からの電話が入るようになっていた。

すべて、今日子からだ。

今日子は毎日電話をかけてきては、明日美に怪我の報告をするようになった。「頭を打った」とか、「全身を強く打った」とか。

明日美の予想だが、多分本当に怪我をしている訳ではないのだろう。要は構ってほしいのだ。

前はこんな事はなかった。いや、当たり前か。前は忙しくても家には帰っていたし、毎日顔を合わせていた。

やっぱり、よほど淋しいのだ。

「……私だって、淋しいわ」

大前提として、明日美が明らかに過労と呼べるスケジュールを毎日こなすのは、今日子のためだ。

不自由なく食べさせ、生活させ、学校へやるためだ。親一人子一人の家庭でも。

明日美は仕事がつらいと思う度、今日子のことを思い切歯してきたのだった。

「………とてもそうは見えないけどね」

ふと穂香が低い声で言った。

「何?」

「んー……個人的な意見ですけど。

どんなに忙しくても、怪我の報告くらいちゃんと聞いてあげたらどうですか」

突然角立てられ、明日美は少し苛立った。

「……えっと。分かると思うけど私は忙しいの」

「こーして後輩とお喋りする時間は取れるんでしょう。

……明日美さんみたいにニュースにバラエティに引っ張りだこじゃないですけど、私だって泊まりで仕事する事もあるし忙しいですよ。

でも子どもからの『怪我した』っていう電話を、あんな風にあしらった事ありません。

子どもに冷たい親だと思われてもいいんですか」

この子、この前の今日子とのやりとりを聞いてたのか。

今日、自分を昼食に誘ったのも、この話をする為なんだろうか。

何なの……?

何で私が責められなきゃいけないの。気が遠くなる労働を毎日こなしてさらに子どもの世話も完璧にしなきゃ許されないわけ?

そもそも穂香はシングルマザーじゃないじゃない。私の苦労が分かるっていうの?助けてくれる人も相談できる人も私には1人もいないのよ!?疲れて寝たくて倒れそうでも親としての責任感だけで踏ん張り続けなきゃいけない私の辛さが理解できるわけ!!?

「無茶言わないでよ!!」

明日美はテーブルに平手を叩きつけた。

周りの人間が2名ほど振り返ったが、大部分は皆忙しそうに、無関心そうに自分の食事を続けた。

そうだ。そういう人間ばかりだ、ここは。

みんな忙しくて、自分のことに必死で、他者を顧みる余裕なんてない。

たとえ自分にとって大切な「他者」だとしても。

明日美は食事に半分くらいしか手を付けていないまま席を立った。

疲労と怒りで涙がこみ上げた。淋しさがそこに含まれていたかは分からなかった。

◇◇◇◇◇

それから一週間後の事だった。

今日子が、自宅で血まみれで発見されたらしい。

ーーー「発見された」。

これは、遺体として見つかった事を表す、ニュースで使われる用語だ。

ニュースでは、ショッキングな事故や事件を伝える際、視聴者に精神的ストレスを与えないよう、

様々な「隠語」が使われている。

例えば、ニュースで「心不全で亡くなった」と言えば、自死など公に公表しづらい亡くなり方の事。

また、「〇〇さんが全身を強く打って死亡」という場合の「全身を強く打って」とは、

原型を留めず治療不可能な状態のことを言う。

「頭を強く打って」なら、頭部が陥没するなど大きな欠損があり、治療不可能な状態。

見つかった今日子は、まさにこの状態だった。

警察からの連絡で急ぎ帰った明日美は、変わり果てた今日子の姿を見て呆然とした。

………今日子は電話で、なんて言ってたっけ。


『ジャングルジムから落ちた。頭を強く打ったの』

『全身を強く打った』 


ああ、今日子はTVに映る自分をちゃんと見ていたんだな、と、

変に冷静に思考した。

検察の話だと、今日子は一度高い所から落ちて頭を怪我し、

助けを呼ぼうとのたうち回った結果、全身に損傷を負ったそうだった。

「今日子………」

私はなんのために……。

貴方をこうして死なせるために為に努力してきたの。

固く目を閉じた今日子は、無表情でそっけなく見えた。

全てを失った日だった。


◇◇◇◇◇


『続いてのニュースです。人気女子アナの大原明日美さんが、昨夜自宅付近の空き地で亡くなっているのが見つかりました。

原因は心不全とのことです』



ーfinー

『扉』

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怖い話しよっか。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「ここから出たい」

それ以外に思考できなくなっていた。

四方をコンクリートの壁に囲まれた暗い独房。寝床やトイレはおろか、窓や通気口さえもないのだから、殺風景どころの騒ぎじゃない。

今は第二次世界大戦の最中。東側諸国陸軍の主戦力だった俺は、一週間前、下手を打って西側の奴らに捕まった。

捕虜となった俺が連れて来られたのは、このコンクリート製の独房。ここには、生活する為の物が何もなかった。

いや、厳密にはほんの僅かな食料がある。

ここへ来て最初の数日、敵の兵士が一日一度、少量の食料をこの部屋へ運んで来てくれていた。その残りだ。

しかしここ3日ほど、その供給が途絶えている。まるで俺がここにいる事を忘れたように、部屋に誰も来なくなったのだ。

俺は部屋の扉を叩き、声の限り叫んだ。

「食料をくれ!死んでしまう!」

しかし、答える者はいなかった。

「………そうか。このまま殺す気なのか」

俺は助けを呼ぶのを諦めた。こうなったら、自力で脱走するしかない。

上述の通り部屋には窓も通気口もない。外に通じる唯一の物は、

部屋に付いている、木の扉だった。

扉は外から固く施錠されており、内側から開ける事は出来ない。そもそも鍵穴すらないのだ。

だからここから出るには、扉を壊すしか無かった。

「扉が木製なのは不幸中の幸いだな。これなら、思い切りぶっ叩きゃ壊せるだろ」

そう高を括り、俺は力の限り扉を叩いた。

しかしこの木製の扉は以外にも頑丈で、なかなか壊れない。

「クソッ、何でだよ!」

扉を蹴りつける。そして俺は、どうやら一筋縄では行かないようだと思案した。

「……東側の軍神と呼ばれた俺だ。こんなチャチな扉一つ壊せねえ訳あるか。

必ずコイツをぶっ壊して、外に出てやる!」

かくして俺の、扉との格闘の日々が始まった。


◇◇◇◇◇

「…ん、朝か?いや、外が見えねぇから分からねぇな」

独り言を言って身体を起こす。昨日は一日中扉を叩き続け、気がついたら疲れて眠っていた。

今日こそは、この扉を破って外に出なければ。

「あぁ"、腹が減った!」

俺は残り少なくなり、チマチマ食べていたパンを大幅に千切って口に入れた。

今ので残っていた分の7割くらい食べてしまった。

「ったく……ホントに急がねぇとな」

食料をほとんど消費してしまった事に腹が立ち、俺は食事と共に出されていた木のフォークを扉に投げつけた。

扉にぶつかったフォークが床に落ちる。

「……ん?」

焦げ臭いような匂いがする。俺は扉の方を見た。

「ーーー!」

扉の下の方が、わずかに燃えている!

先程投げた木のフォークが扉とぶつかり、摩擦で火を起こしたのだ。何という奇跡か。

「いいぞ、燃えろ!もっとだ!」

俺は扉の燃えている部分に向かって、手で酸素を送った。

火はどんどん燃え広がっていく。扉は焼け焦げていき、ついには端に穴があき、わずかに外が見えた。

「やったぞ!このまま扉が焼け落ちれば……」

しかし、その時。

「あっ」

ゴォッと音がして、扉にわずかにあいた穴から、冷たい風が室内に吹き込んだ。

その勢いは以外にも強く、扉についていた火を完全にかき消してしまった。

「くそ……もう少しだったのに」

いや、でも。

扉は半分くらい焦げ、大分脆くなった。これならきっと、すぐに叩き壊す事ができるだろう。

「……良かった」

安心して、俺はへたり込んでしまった。

思ったより体力がなくなっている。まともに食事を取れていないからだろう。興奮したら疲れてしまった。

「扉を壊すのは、明日でもいいか…」

俺は気が抜けて、起きたばかりだというのにそのまま再び眠りに落ちてしまった。


◇◇◇◇◇

「……ん、寝ちまったみてぇだな」

しばらくして俺は身体を起こした。目覚めが良い。この上なく気分が良かったから、非常によく眠れた。

さぁ、今日こそが脱出の日だ。

そう思い………はて、俺は疑問に思った。

「部屋が暗い……」

昨日俺が眠りについた時は、焼けた木の扉から、外の光が室内に差し込んで明るかった。

なのに今は、扉が焼ける前と変わらない。古ぼけた部屋の蛍光灯の灯りしかなかった。下手をすれば以前より重々しい、俺を固く閉じ込めるような真っ暗闇が、一面に広がっている気さえする。

嫌な予感がして、俺は扉の方を見た。

そして、驚愕する。

「何だこれ!?」

扉が、変わっている!!!

そこには焼け落ちかけた木製の扉ではなく、傷一つない、強固な鉄の扉が付いていたのだ。

見ると、英語の書き置きが扉に貼り付けてある。

『Don't withstand(悪足掻きはよせ)』

と。

「何てことだ!」

奴らだ。敵軍の奴らが、俺が眠っている間に扉を取り替えて行ったんだ。

俺は、奴らが来たのにも全く気づかないほど眠りこけていたのか。

「クソ!あと少しだったのに!!」

俺は頑強な鉄の扉を力任せに蹴りつけた。無論扉はビクともせず、代わりに足の骨に重い痛みが響く。

俺は気が遠くなった。

また一からやり直しだ。しかも鉄製の扉だから、今度は燃やす事もできない!

「くそおぉ…っ」

悔しくなり、俺はついに涙を落とした。

「……もう、諦めちまおうか……」

四肢を投げ出し、床に転がる。そして、まっさらな天井を見た。

この鉄の扉を、すり減った今の体力で壊すなんて絶対に無理だ。

俺はここで終わるんだ。


「……リザヴェータ」

祖国に残してきた、恋人の名前を口にした。

戦争に駆り出されていく俺の手を握り、見送ってくれた彼女。

『ニコラ、ずっと待っているわ』

別れ際の、彼女の言葉が胸に響く。

悲しみを押し殺した声色で、涙に頬を濡らす彼女。

しかし彼女は、あくまで笑顔だった。

俺を励ますために、無理して笑ってくれていた。

「……何、自暴自棄になってんだ」

投げ出した手を固く握る。俺は起き上がった。

「絶対に、リザヴェータの元へ帰るんだ!」

俺は気力を振り絞った。

彼女が待ってくれている。それは、限りなく大きな希望だった。

この希望さえあれば、俺はたとえ地獄にいても幸福になれる。

「今の体力じゃ……扉を壊すのは無理かもしれねぇ。だが」

新しい鉄の扉には、鍵穴が付いていた。ここから鍵を開けられるかもしれない。

俺は木製のフォークを拾い上げ、先端をコンクリートの壁に打ちつけた。強く何度も打ちつけると、先端は細く削れていった。

ピッキング作戦ってわけだ」

フォークの先を鍵穴に差し込んだ。

ガチャガチャ回してみるが、やはり施錠は厳重なようで、簡単には開かない。

「いいさ、やってやる。見てろよ」

俺は一日中、鍵穴をいじり続けた。

次の日も、また次の日も。


◇◇◇◇◇

ーーーカチャン。

「!!!」

あれから何日経っただろう。

フォークを差し込んだ鍵穴から小気味よい音がした。

鍵が、ついに開いたのだ。

「やった!!やったぞ!!!」

俺は両手を握りしめて狂喜した。やった、これでここから出られる!

リザヴェータのもとへ帰れる。

喜び勇んで、鍵の開いた扉を手で押した。

「ーーアレ?」

ビクともしない。扉はまるで壁のように動かなかった。

いや、「まるで壁のように」ではなく。

「ーーーかべ?」

俺は「壁」に触れる。冷たい、コンクリートの感触がした。

そして突然視界が歪み、

扉があったはずの所に、まっさらなコンクリートの壁が現れたのだ。

「なにが」

何が起きて……あれ、そう言えばこの部屋に来た時、俺はどこから入ったっけ?

なぜか記憶があいまいだ。

……扉から入ったっけ。

いや、違う。そもそも、

扉なんて、この部屋にあったっけ……?

………………………………。

目眩がする。目の前が真っ暗になる。

「リザ、ヴェータ………」

俺は愛しい人の名前を呼んだ。

意識が遠のいていった。


◇◇◇◇◇

「東側の主戦力だったニコラという男はどうした」

「扉のない地下室に閉じ込めています。

上から土で固めているので、まず出られません。部屋に監視カメラをつけて、このまま死亡するまで見張っています」

「よろしい」

「あの、これって普通に始末するんじゃ駄目なのですか?何故わざわざ自然死するまで放置するような事を……」

「…………。お前は、何もない部屋に一人で閉じ込められた事があるか?」

「えっ。いえ、ありません」

「精神病棟などでは似たような施設があるが、人は何もない部屋に長時間一人でいると必ず精神のバランスを崩す。

人間らしい行動が何も出来ないストレスで気が狂ってしまうんだよ。

だからこれは拷問だ。東側への見せしめなんだよ」

「そうですか……」

「何か不服か」

「……少し、妙なことがありまして」

「妙?」

「監視カメラの映像を見てたんですが……ニコラの奴ずっと、コンクリートの壁を叩いたり、壁に向かって何か叫んだりしてるんですよ。

まるで、壁のところに何か見えてるみたいに…」

「……扉だよ」

「扉?」

「外へと続く、希望の扉だ。

出口のない部屋に、「扉」の幻を見ることで、心を保とうとしているんだろう。

絶望的な状況に陥った時、人は何とかして、希望を見出そうとする。

それがたとえ根拠のない想像の産物だったとしてもな」

「……救いがないですね」

「ああ。だが、逆に言えば……」

「?」

「絶望的な状況にあっても、

希望さえ見出すことができれば、私達は……」


一人の男が、幻の扉と戦い何とか生き長らえている間に、戦争はやっと終わりを見せていった。

終戦を知らせる鐘が街に鳴り響く。

ニコラのいる地下室は、しばらくして上部の土がどけられ、完全に開放された。

目を閉じ、力尽きて眠りにつこうとするニコラの頬を、外の風が優しく撫でる。

それは間違いなく、愛しい人のもとから吹いた風だった。


ーfinー

『ようこそ』

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わたしの名前はルー。


今日は、わたしの知っている怖いお話を教えてあげるね。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


アンジーは高校からの友達のテレサと2人でクリスマスパーティをした。

「クリスマスに女2人だなんて泣けるわ」

「仕方ないわよ、他の友達はみんなお相手がいるもの。

いい加減、私達もいいパートナーを見つけないとね」

2人は持ち寄った料理を食べながらそんなおしゃべりをした。

「ねぇテレサ、何か面白い話でもしてよ」

「そうね……」

テレサは少し考えて言った。

「じゃあ、エイズメアリーって知ってる?」

エイズ……?何それ」

テレサは話し始めた。

「都市伝説みたいなものよ。

ある国を訪れた男性が、行きずりの女性と恋に落ちて、一夜を共にしたの。

翌朝、女性はいなくなっていた。

洗面台に向かうと、鏡に口紅でこう書いてあったの。

エイズの世界へようこそ』
って」

最後の台詞を、テレサはおどろおどろしい調子で言った。

アンジーは軽い気持ちで聞いた割にその話が恐ろしかったので、身震いした。

「怖い……最悪ね、その女」

「実話じゃないと思うわよ。

………でも、実際に充分あり得る話よね」

ピンクがかったテレサの唇が言う。

「……ねぇ、アンジーだったらどうする?

自分が重い病気になって、絶望的な状況だったら、

それを誰かと、分かち合いたいと思ってしまわない………?」

その声は暗く不気味だった。

気を紛らわそうとアンジーはケーキを口に運んだが、全く味がしなかった。

嫌な予感がした。何となく、

テレサが架空の話をしているのではない気がしたのだ。

ひょっとしたらテレサは、

エイズメアリー」と同じ状況にいるのではないか。

暗い雰囲気を振り払うように、アンジーはわざと明るい調子で言った。

「さあね。でも、ここにいるのは女性2人だし、一夜を共にする事なんてないんだから、

もしどちらかがエイズだったとしても移りようがないわよ」

それを聞くと、テレサは黙って帰って行った。

次の朝、アンジーが顔を洗おうと洗面台を覗き込むと、

そこには、テレサのピンク色の口紅でこう書いてあった。


『コロナの世界へようこそ』

そう言えば、昨日食べたケーキは全く味がしなかった。



ーfinー

『シチュー』

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わたしの名前はルー。


今日は、わたしの知っている『意味が分かると怖いお話』を教えてあげるね。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


ユキの家の近くにあるレストランは、シチューが絶品なことで有名だ。


レストランに来る人のほとんどがシチューを注文するほどだった。


ユキもそのシチューがお気に入りで、高校の帰りによく友達とそのお店に寄り道して食べていた。


ある日、ユキがいつものようにそのお店でシチューを食べていると、


近くの席に座っている男性が、シチューを食べるユキをうらやましそうに見つめていた。


「なんか、そんなに見られると食べづらいな……」


その男性は自分ではシチューを頼まず、他の料理を食べていた。


その男性はお店の常連らしく、ユキはそれ以来その男性をよく店内で見かけるようになった。


彼はユキが頼むシチューをいつも食べたそうにじっと見ていた。


「なんで見てくるの!?食べたいなら自分で頼んだらいいじゃん」


ユキはお気に入りの時間を邪魔されたような気分になった。


しかし次の瞬間、ユキは恐怖のどん底に落とされる。


レストランの店員が、その男性に看板メニューであるシチューをすすめた時、


男性はこう答えたのだ。


「いや、私はシチューが大嫌いなんだよ」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

……意味は分かったかな?


ユキがシチューを食べているのをいつも見つめていた男性。


でも、男性はシチューは大嫌いだと言う。


つまり、


男性が見つめていたのはシチューではなくユキ自身。


見知らぬ少女をいつもじっと見つめる大人……穏やかじゃないよね。


ユキがレストランに行くたびその男性を見かけたのも、


男性がレストランの常連だからじゃなくて、


ユキがレストランに足を運ぶタイミングを見計らってついてきていたからだろうね。


残念だけど、ユキはもうこのレストランに近づかない方がいいかな。

『どうして分かったの?』

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わたしの名前はルー。


今日は、わたしの知っている『意味が分かると怖いお話』を教えてあげるね。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


ハナは、友達のトオル、セツナの2人に話をしていた。


「今から怖い話するね。
 

あるホームページで、怪我をした動物のための寄付を募っているものがあったの。


そのページには、傷だらけで今にも死にそうな犬や猫の写真が載せられてて、見た人は不安になったんだけど、


その動物たちが次第に回復していく写真も順を追って載ってたから、


みんな安心して、そのホームページで寄付をしたの。でもね……」


そこで、セツナが口を挟んだ。


「あ!それ分かる。


実は写真は日付が逆になってて、


次第に回復したと見せかけて、本当は虐待して次第に弱らせてたんでしょ?」


トオルも続けて言った。


「それ、意味が分かると怖い話として結構有名な話だよな!


オレも怖い話好きだから知ってた」


「なんだ、2人とも知ってたの?」


ハナはつまらなそうに言った。しかし、


次のセツナの一言に、ハナとトオルは凍りついた。



「え?有名な話なの?」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


……意味は分かったかな?


ハナのお話は「意味が分かると怖い話」としても有名だけど、


サイコパス診断」の問題としても有名な話なの。


「動物のための寄付を集めるためにどんなホームページを作る?」っていう質問に、


性格の残酷なサイコパスは、


「動物を虐待して次第に弱らせた様子を写真に収め、日付を逆に並べて次第に回復したように見せる」


って答える。


この話が、「意味が分かると怖い話」だって知ってたハナもトオルはともかく、


有名な話だと知らなかったセツナがこれに正しく答えられるということは、


セツナはサイコパスってことだね。


ハナとトオルは身の安全のためにも、今すぐセツナと距離を置いたほうがいいかもね。

『マトリョーシカ(絶望の結末)』

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リビングからニュースを伝える声が聞こえてきた。


『世界的な食糧危機の影響により、政府は市民の食料の購入を制限し、


食料を全て配給制にする方針を固めました』


シェイラのお父さんとお母さんは、不安そうに顔を見合わせた。


「食糧危機の話は聞いてたけど、こんな事になるなんて……」


「買い物ができないってこと?配給って、十分にもらえるのかしら……」


2人の様子を見てシェイラも心配になったが、


数日後、政府から届いたダンボール箱を見て、少し安心した。


大きくて重いダンボール箱が、10箱も届いたからだ。


ひと箱めを開けてみると、パンや肉、野菜、果物がたくさん入っている。


「これだけ食料があれば、買えなくても心配ないな」


シェイラの住む街の人々も皆、政府から届いた箱を見て安心し、


食料の購入制限について特に不満を言う人もいなくなった。


しかし3日後、


政府の重要人物が揃って、食料受給に比較的余裕があるアジアの小国へ逃亡した。


その際、政府が管理していた食料もすべて持ち去ったという。


「どういうつもりだ!」


人々は怒り、警察はすぐに逃亡した政府関係者を追った。


一瞬、人々は食料の配給が途絶えることを心配したが、


配給のダンボールはまだたくさんあったので、落ち着きを取り戻した。


ダンボールが空になるまでには、警察が政府の人達を連れ戻してくれるわよ」


シェイラのお母さんは笑って、配給のダンボールの2箱めを開けた。


「……あら?」


ダンボールの中に、もう1つダンボールが入っている。


「二重包装なのかしら」


お母さんは、ダンボールの中から取り出したひとまわり小さなダンボールを開けた。


中には、もう1つダンボールが入っている。


シェイラはそれを見ていて、言いしれない不安にかられた。


「貸して、私が開ける」


シェイラは、ダンボールの中から取り出したひとまわり小さなダンボールを開ける。


中には、もう1つダンボールが入っている。


「なんで?」


シェイラは、ダンボールの中から取り出したひとまわり小さなダンボールを開ける。


中には、もう1つダンボールが入っている。


もしかして、残りのダンボールは全部こうなっているのか?


シェイラは、ダンボールの中から取り出したひとまわり小さなダンボールを開ける。


中には、もう1つダンボールが入っている。


政府の人達は、皆を安心させて食料を独占して逃げるためにこんな物を用意したんじゃ?


シェイラは、ダンボールの中から取り出したひとまわり小さなダンボールを開ける。


中には、もう1つダンボールが入っている。


外側のダンボールは大きいけれど、中にいくほどダンボールはどんどん小さくなっていく。


まるで、あのふざけた人形みたいだ。


シェイラは一番最後のダンボールを取り出した。シェイラの小指くらいの大きさだったが、


中が空洞になっていて、一応、入れ物として使えるみたいだ。


「こんなの、よっぽど小さいものしか入らないじゃない」


シェイラは笑いながら涙声で言った。


政府関係者は逃亡先で、食料と共にロケットに乗って飛び立って行った。


―Fin―

前編はこちら
s01ei1.hatenablog.com